
1.序論
2025年4月13日から10月13日まで開催された大阪・関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとし、累計2500万人以上の参加を得た国際博覧会である。本万博では、新型コロナウイルス感染症対策と来場者の円滑な移動を目的として、完全予約制の「並ばない万博」を志向し、デジタル技術を活用した予約システムが導入された。
この予約システムは、万博ID登録、チケット購入、入場日時予約、パビリオン予約など、来場者の万博体験全体を管理する重要なインフラとして位置づけられた。しかし、開幕から閉幕まで、システムの複雑性と想定を大幅に上回るアクセス集中により、多くの問題が発生した。本稿では、これらの問題の発生経緯と講じられた対策を示し、今後の大規模イベントにおけるデジタルシステム運営への教訓とする。
2. 開幕初期の問題と対策(2025年4月〜5月)
万博開幕直後から、予約システムの構造的複雑さに起因する問題が顕在化した。最も大きな課題の一つは、協会のセキュリティポリシーに基づいて導入された多要素認証システムであった。万博IDの取得やログインに多要素認証が必須となったことで、一般利用者にとって操作が煩雑となり、「チケットを買うのが面倒」という風評が広がった。
さらに、システム設計上の複雑さも問題となった。万博のチケットは「オープン券」として先行販売され、その後に入場日時を指定してアクティベートする仕組みが採用されていた。このため、チケット購入後も入場日時予約を完了するまではQRコードが表示されず、利用者の混乱を招いた。加えて、入場チケット用QRコードでパビリオンやイベントの入館処理も行う仕様となっており、システム全体の複雑性を増大させていた。
5月30日には、イベント参加予約においてシステム不具合が発生し、予定時刻より前に申し込み受付が開始されるトラブルが起きた。万博協会は深くお詫びして、追加申し込みで対応することを発表した。
これらの問題に対して、万博協会および運営事業体は以下の対策を実施した。多要素認証の煩雑さに対しては、コンビニでの引換券販売を開始し、オンライン手続きが困難な利用者への代替手段を提供した。また、システム不具合発生時には追加申し込み枠を設定し、不公平が生じないよう配慮した。さらに、利用者向けの操作ガイドの充実を図り、システムの複雑性による混乱の軽減を試みた。
3. 会期中盤の問題と対策(2025年6月〜8月)
会期が進むにつれて、来場者数の増加に伴いアクセス集中問題が深刻化した。特に、3日前0時から開始されるパビリオン/イベントの空き枠先着申込と朝一の入場後に集中する当日予約操作により、スパイクと呼ばれる急激なアクセス増加が頻発した。
6月には、深夜のアクセス集中により「6万7369人待ち」という異常事態が発生した。毎日午前0時を迎える頃、万博協会の公式サイトにログインしづらくなる現象が常態化し、数時間前から待機する利用者が急増した。この状況に対して、仮想待合室システムが導入された。仮想待合室はログイン、入場予約操作とパビリオン予約操作のように機能毎に設けられ、各機能を使用するユーザーの待ち時間が相互に影響しないようになった。ただ、バランス調整が困難であり、待機時間の長さに対する利用者の不満は根本的な解消には至らなかった。
6月3日には、会場の東西両ゲートでシステムトラブルが発生し、QRコードの読み取りに不具合が生じた。約30分間の混乱の後に復旧したものの、入場システムの脆弱性が露呈した。
8月には、パビリオンの自動予約ツールの利用が判明し、万博協会は「サイト運営が妨害される事象を確認した場合、しかるべき対応を行う」と警告を発した。
アクセス集中問題に対して、協会は複数の対策を実施した。まず、昼間の時間帯が比較的アクセスが少ないことを公表し、利用者に時間分散を促した。また、仮想待合室システムを継続的に調整し、発生タイミングの最適化を図った。さらに、自動予約ツールによる過度なアクセスを検知し、該当するIDの利用停止措置を実施することで、不正利用対策を強化した。QRコード読み取りシステムについては、復旧後に脆弱性の分析を行い、再発防止策の検討が進められた。
4. 会期後半の問題と対策(2025年9月〜10月)
万博終了を前にした会期後半では、駆け込み需要により予約システムの負荷が限界に達した。特に最も早い入場時間帯である朝9時の入場予約が極めて困難となり、午前中の時間帯はほとんどの日程が満員状態となった。
9月には、入場予約操作で「45分待ち」(約3万人待機)という前例のない待機時間が記録された。予約のキャンセル待ち行動が激化し、リロードの繰り返しや複数端末の使用、自動予約ツールの駆使により、サーバー負荷が協会の想定を大幅に超過した。
この時期には、「入場予約のキャンセルや2日前の7時に追加で開放される入場予約枠に対し、予約しようとしたら、エラー表示されて予約が確保できない」といった予期しないシステム動作も報告され、想定外のアクセスパターンにシステムが対応しきれていない状況が明らかになった。
会期後半の深刻なアクセス集中に対して、協会広報は「サーバーの増強を検討することになる」と回答したものの、投資対効果の観点から慎重な姿勢を示した。一方で、システムへの負荷軽減と利用者の待機時間短縮の両立を目指し、仮想待合室システムの最適化を継続して行ったが、想定を超える需要の前に完全な解決には至らなかった。
5. 結論
2025大阪関西万博の予約サイトは、「並ばない万博」という理想的なコンセプトの実現を目指したものの、システムの複雑性と想定を大幅に超えるアクセス集中により、多くの運営上の課題に直面した。特に会期後半における「45分待ち」や「6万7千人待ち」といった事態は、デジタル技術による来場者制御が逆に来場者に振り回される皮肉な結果となった。ただ、致命的なシステム停止を回避し会期を完走したことは一定の成果として評価できる。
本事例から得られる教訓として、第一に、大規模イベントにおけるデジタルシステムは、単なる技術的性能だけでなく、利用者行動の予測と心理的要因を十分に考慮した設計が必要であることが挙げられる。第二に、セキュリティとユーザビリティ、機能の充実と操作の簡素化といったトレードオフ関係にある要素のバランス調整が極めて重要であることが明らかになった。
また、注目度の高いイベントでは、システムの「穴」がソーシャルメディアで瞬時に拡散され、想定外の利用パターンを誘発するリスクがあることも重要な知見である。今後の大規模イベントにおいては、これらの教訓を活かし、より堅牢で利用者に優しいシステム設計を行うことが求められる。
<参考文献>
[1] 東洋経済オンライン「『並ばない万博』初日から2時間待ち!行ってみてわかった『大阪・関西万博』の” 根本的な問題” とは? 」 2025 年4 月18 日
https://toyokeizai.net/articles/-/871719
[2] 女性自身「『サーバー弱すぎ』『ログインできない』万博 来場者数好調の裏で”アクセス問題”に不満続出」 2025年5月27日
https://jisin.jp/domestic/2473502/
[3] スポーツニッポン「万博、予約システム不具合を謝罪『深くお詫び』予定より前に予約開始 『追加申し込み』で対応へ」 2025年5月30日
https://www.sponichi.co.jp/society/news/2025/05/30/kiji/20250530s00042000075000c.html
[4] 読売新聞「大阪万博:パビリオン予約争奪戦激化、ネットも当日も『どこも無理』」 2025年5月30日
https://www.yomiuri.co.jp/expo2025/20250530-OYT1T50039/
[5] 毎日新聞「大阪万博会場のゲートでシステム障害 QRコード読み込めず」 2025年6月3日
https://mainichi.jp/articles/20250603/k00/00m/040/057000c
[6] 毎日新聞「『並ばない万博』なのに 深夜のネット予約は『6万7369人待ち』」2025年6月13日
https://mainichi.jp/articles/20250612/k00/00m/040/178000c
[7] 株式会社グッドフェローズ「大阪・関西万博の入場券販売関連サービス〜PartⅡ後編〜」2025年8月1日
https://goodf.co.jp/blog/message/4649
[8] ITmedia NEWS「『過度なアクセス』でパビリオン予約試みるツール利用者の ID停止」 2025年8月28日
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2508/28/news121.html
[9] ITmedia NEWS「万博サイト、アクセス過多で『45分待ち』も……”想像以上 ” の 争 奪 戦 」 2025 年 9 月 8 日
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2509/08/news072.html
[10] MBSニュース「『並ばない万博』どころか入場もできない!?予約サイトは閉幕まで” 満員”」 2025年 9月 23日
https://www.mbs.jp/news/feature/specialist/article/2025/09/108258.shtml
◆ 執筆者プロフィール
岩本 元
ITコーディネータ/ISMSクラウド審査員/技術士(情報工学部門 総合技術監理部門)/IoTエキスパート