コラム

【コラム】生成AIの進化とフェイク技術の倫理的課題

ChatGPT5.1の登場によって生成AIの推論精度はさらに大きく向上し、ハルシネーションの発生なども減少してきており、文章の整合性や論理構造が安定し、日常業務の一部としてAIを活用する場面は確実に増えている。資料作成、企画立案、文章生成、学習支援など、AIが当たり前に使うツールへと変わりつつあることを、多くのビジネスパーソンが実感し始めているだろう。

 

また、生成AIの進化はテキストだけにとどまらない。画像・音声・動画の生成技術はChatGPTとは別系統で進化しており、Midjourney、Stable Diffusion、Runway、NanoBanana、Sora2、ElevenLabsといった技術群が、視覚・聴覚情報のリアリティの壁を越えつつある。複数のAIが同時に高度化する現在、私たちは真偽を区別しにくい情報環境へ急速に進んでいる。

 

特に注意すべきは、専門技術を持たない一般利用者でも、フェイク画像・偽音声・偽動画の生成が容易になってしまった点だ。生成された画像は光源、影、肌の質感、レンズの歪みまで自然で、動画は瞬きや筋肉の動き、背景の揺れ、カメラワークまで再現する。音声は息遣いや抑揚、話し癖まで模倣するため、人間が直感で判別することはほぼ不可能に近づいている。

 

この状況が引き起こす最大の問題は、真偽判定のコスト構造の逆転だ。かつては偽物を作るコストが高かったが、いまは生成コストがほぼゼロに近くなり、本物であることを証明するコストの方が大きくなっている。このことは、企業ブランド、SNSの評判、取引の安全性、人間関係、採用や広報など、ビジネスのあらゆる領域に影響が及ぶ。

 

このリスクの高まりを受け、世界では制度的な対策も動き始めている。ヨーロッパでは「EU AI Act」によってAIを用途ごとにリスク分類し、高リスク用途には透明性、説明責任、監査義務などの厳しい要件を課している。人を欺く目的のAIや、社会的操作を行う用途は許容不能リスクとして禁止されている。一方、日本では強制力のある法規制はまだ限定的だが、経済産業省が「AI事業者ガイドライン」を提示し、企業が意識すべきガバナンスやデータ管理、説明責任の方向性を示している。制度の動きは違えど、共通するのは「制度が整っても、利用者の理解が不足していればリスクは防げない」という点だ。だからこそ、ビジネスパーソン自身がAI利用の注意点を理解し、日常的に実践することが求められる。

 

またITコーディネータ協会は2025年9月末に公開した「中小企業向けAI活用ガイド」において、その一章を割いてリスクについて説明している。(本稿の筆者が執筆)

 

では、具体的に何に気を付ければよいのか。重要なのは三つの観点だ。

 

第一に、「自分が生成するコンテンツにもリスクが潜む」ことを理解することだ。AIが生成した画像や文章には、意図せず他者の権利を侵害する表現が混じることがある。AIが学習したデータに含まれる特徴を踏襲するため、似た構図や似た人物が生成される場合もある。商用利用する素材としてAI生成物を採用する際には、チェック体制や利用範囲のルールを明確にしておく必要がある。

 

第二に、「情報の受け手としての慎重さ」を持つことだ。画像や音声、動画の見た目のリアリティはもはや信用の根拠にはならない。SNSでの情報拡散、取引先からの提示資料、面接応募者の動画、社内外でのやり取りなど、あらゆる場面で真偽を自力で見極める必要がある。複数ソースの照合、公式情報の確認、メディアリテラシーの基礎を常に意識しなければならない。

 

第三に、「自らが発信する情報の品質管理」が求められる。AIの支援によって文章や画像が容易に生成される時代では、発信者が最終責任者として内容を監督しなければならない。不適切な情報や誤解を招く表現、偏りのある表現が混入する可能性を前提に、チェックと修正を行う必要がある。発信のスピードよりも内容の質と安全性を優先することが、これからの発信者の責務になる。

 

生成AIは業務効率を大きく高める一方、そのリスクも同じ速度で拡大する。重要なのは、技術そのものを恐れることではなく、どう扱うかを理解することだ。ビジネスパーソンの仕事は、AIが生成したコンテンツの価値とリスクの両方を理解し、適切にコントロールすることである。利便性と信頼性のどちらも守りながら活用していく姿勢が、AI時代を生き抜くための基本になる。

 

参考文献

Regulation (EU) 2024/1689

https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/1689/oj/eng

欧州議会および理事会によるAIに関する包括的な規則。AIシステムを用途・リスク別に分類し、高リスク用途には義務・監査を課す。

 

AI事業者ガイドライン  経済産業省

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/20240419_report.html

Iを提供・活用する企業が守るべき安全性・透明性・説明責任を体系化した実務指針。企業が法規制前提のガバナンスを構築できるよう設計されている。

 

中小企業向けAI活用ガイド ITコーディネータ協会

https://www.itc.or.jp/ailabs/

企業が生成AIを安全かつ実務的に導入するための知識体系とガイド。AI活用の考え方から実装プロセスまで、ITCの視点で体系的に整理している。

 

■執筆者

積 高之

プロフィール

京都華頂大学准教授   京都積事務所 代表
WACA(ウェブ解析士協会)理事・事業推進部長/ITコーディネータ京都副理事長/エボラニ株式会社CMO/関西学院大学非常勤講師/上田安子服飾専門学校非常勤講師 /関西学院大学経営戦略研究科研究員

経営管理修士(MBA) 関西学院大学大学院経営戦略研究科卒/チーフSNSマネージャー/上級SNSエキスパート/上級ウェブ解析士/ITコーディネータ・業務DX推進士/SNSトレンドエグゼクティブマーケター/生成AIパスポート保有/地域DXプロデューサー/LINE Green Badge Advanced/Google AI Essentials/デジタル庁デジタル推進委員


広告・ブランディングの職務を経験後、コンサルタントとして独立。大手子供服SPA、酒販小売業チェーン、保険代理店などの顧問・コンサルタントを歴任。地方自治体・商工会議所等の講演多数


著書 ウェブ解析士協会公式テキスト2025

         SNSマネージャー公式テキスト2025


2021年ウェブ解析士アワード

Best of the Best 2021受賞