ITエンジニアに会計知識は必要か/岩本 元

1.ITエンジニアが会計知識を活用するシーン
 情報システムの企画~開発~運用に携わるITエンジニアにとって、会計知識が役立つ場面を整理します。
(1)経営層とのコミュニケーション
 ユーザ企業のIT部門が中長期計画を策定する際や、コンサルタントやSIerが超上流(経営課題の解決、業務改革)において提案を行う際、経営層とコミュニケーションを取ることになります。その場面では、経営層が最も興味があり、多くの場合で経営課題に直結している「企業の売上と利益」に話が及ぶため会計知識が必要です。その場面でよく使われるバランススコアカードでも財務の視点がゴールとなっています。

(2)基幹システムの開発
 企業の基幹システムの1つである会計システムを開発する際、設計フェーズや受け入れテストフェーズを適正かつ効率的に行うには、主管部業務である会計業務の知識が必要です。また、会計システムは、購買システム・販売システム・生産管理システム・人事システムといった他の基幹システムと連携します。連携データの形式(フォーマット)や連携のタイミングは会計システムに合わせることが多いため、会計業務の知識は基幹システム全般の開発にも役立つでしょう。

(3)個別プロジェクト
 情報システムの開発・構築プロジェクトでは、基本的に投資対効果の評価に基づいて投資額を決定します。また、品質・納期・コストのバランスを考慮して情報システムの実現方式を選定します。このようなコストに基づく意思決定を行うとき、原価計算や管理会計といった会計知識が役立ちます。プロジェクト実行中に必須であるコスト管理や、年度予算や追加予算の要求にも有効です。

(4)内部統制
 大会社や上場企業は会社法および金融商品取引法(J-SOX)によって、財務報告の信頼性他を確保するために内部統制を求められます。財務情報を作成するのは会計システムすなわちITであり、内部統制(IT業務処理統制)を実現するには会計業務の知識を持つITエンジニアが必要です。

 その他、資産管理やコスト低減検討の際にも会計知識は役立ちます。

2.ITに係る会計知識
 ITエンジニアに役立ちそうな基本的な会計知識を紹介します。その前に財務会計と管理会計の違いを簡単に説明しましょう。財務会計の目的は、企業の成績表である財務諸表の作成と公表です。財務会計の手順は会計基準として定められており、企業全体を対象として1年単位で利益(と残高)を計算します。ちなみに税務会計では、利益を補正した所得を算出し法人税額を決定します。一方、管理会計の目的は、事業の継続・徹底や設備投資等の意思決定と事業の業績測定です。
管理会計の手順は企業によって異なり、事業やプロジェクトを対象としてその貢献期間内のキャッシュフローを計算します。

(1)情報システムの会計処理(財務会計)
 サーバ等のハードウェアをユーザ企業が購入する場合、固定資産として計上し、減価償却により費用化します。高価でないパソコン等は消耗品(流動資産)として計上することも可能です。ハードウェアをリース(レンタル)で調達する場合はファイナンスリースとオペレーティングリースの2種類があります。前者はリース資産を計上し、購入の場合と同様に複数年で費用化(償却)します。これは長期契約となり途中解約が不可ですが、購入の場合と異なり複数年でキャッシュアウトします(リース債務とその利息を毎年支払う)。後者は、賃借取引によって資産化せずにハードウェアを使用できます。短期の契約が可能ですが、一般に料金はファイナンスリースより割高です。
 ソフトウェアは、ユーザ企業が原則、自社開発時(取得時)に無形固定資産として計上し、減価償却により費用化します。開発を受託するITベンダは、受託費を工事進行基準によって売上計上します。また、ITベンダが無形固定資産として計上し、ユーザ企業がファイナンスリース方式でソフトウェアを利用することもあります。
 普及が進んでいるクラウドコンピューティングについて考えてみましょう。
IaaS(Infrastructure as a Service)はサーバ(ハードウェア)のオペレーティングリースです。購入の場合のような初期キャッシュアウトがユーザ側で発生せず、途中解約も可能です。クラウドベンダが仮想化統合したサーバを保有してバラ貸しするため、個別サーバのリース(レンタル)と比較して価格が格段に安くなります。
 SaaS(Software as a Service)はソフトウェアのオペレーティングリースです。
自社開発の場合のような初期キャッシュアウトがユーザ側で発生せず、途中解約も可能です。クラウドベンダは、ソフトウェア(無形固定資産)の償却費用とメンテナンス費用を複数のユーザ企業に対する売上原価とするため、低価格で提供できます。

(2)意思決定(管理会計)
 複数の代替案(オプション)を比較し、最善の案を選択することを意思決定と呼びます。手順としては、有効期間中の各年のキャッシュアウトとキャッシュインを算出し現在価値へ割り引きます。その結果を元にNPV法、収益性指数法、回収期間法等を用いて各案の投資対効果の大小を比較します(詳細は割愛)。
 キャッシュフローの洗い出しでは、埋没コストと機会コストを理解しておく必要もあります。埋没コスト(サンクコスト)は、過去に発生したキャッシュアウトや大半の固定費のようにどの案を採用しても回収できないコストです。サーバの売却損や社員人件費のような埋没コストは各案の比較において考慮不要です。
機会コストは、その案を採用することで取り損なう利益(逸失利益)を指します。
例えば、その案を採用しないときに手の空く社員が別の業務で得る利益は、その案の機会コストとなります。
 上記で、売却損益や減価償却のようにキャッシュフローに影響しない費用でも法人税額(キャッシュアウト)には影響します。節税額をキャッシュフローに含めるためには、税務会計の知識も必要です。

(3)固定費と変動費(管理会計、原価計算)
 管理会計の基本は、費用を固定費と変動費に分けることです。前者は稼働率に依らず固定額のコストであり、設備の減価償却費用や社員人件費など固定的な経営資源に伴うものです。後者は稼働率に比例する変動額のコストで、材料費や委託費が代表例です。
 固定費と変動費では異なる対応が必要です。ITコスト等の低減を検討する際には、固定費はその元となる経営資源(社員、設備)の有効活用を目指します。資源の稼働率に余裕がある場合は営業力の強化等により貢献利益を上げ、稼働率に余裕がない場合は生産性向上により限界利益を上げることを考えます。一方、変動費は消費量を減らすことでコスト低減を検討します。
 固定費と変動費の合計からなるコストを売上高と一緒に表示したグラフを損益分岐図表と呼びます。損益分岐図表を描いてみると判りますが、固定費が大きく、変動費の傾き(=変動費率)が小さいコスト構造は、損益分岐点の高いハイリスク・ハイリターン型です。社員人件費が主なコストであるサービス業やSI企業はこの構造です。逆に、固定費が小さく、変動費率が大きいコスト構造は、損益分
岐点の低いローリスク・ローリターン型です。製造業はこの構造です。
 クラウドコンピューティングは、ユーザ企業から見ると固定費が小さく、場合によってはゼロです。コスト面では、金繰りに加えて使用量の変動を考慮して、購入・自社開発(オンプレミス)とクラウドコンピューティングの使い分けを決めましょう。

 業務種別によって多少異なりますが、ITエンジニアにとって会計知識は必要に思います。

[参考]
・Wikipedia「埋没費用」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%8B%E6%B2%A1%E8%B2%BB%E7%94%A8

・Wikipedia「機会費用」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E4%BC%9A%E8%B2%BB%E7%94%A8

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■執筆者プロフィール
 岩本 元(いわもと はじめ)

 ITコーディネータ、技術士(情報工学部門、総合技術監理部門)
 &情報処理技術者(ITストラテジスト、システムアーキテクト、プロジェクトマネージャ、システム監査他)
 企業におけるBPR・IT教育・情報セキュリティ対策・ネットワーク構築のご支援